特集記事

子ども参画から子どもアドボカシーへ

一人ひとりの子どもの声を大切に
|子どもの権利|子ども参加|児童館|子どもアドボカシー|

こどもフォーラム代表
原 京子

 

スタートはピンポンハウスから
20年前、奥田陸子さんらが翻訳し日本に紹介したロジャー・ハート著『子どもの参画』1)を読んで衝撃を受けた人は少なくないだろう。私もその一人で、子どもの参画を日本でも実現しようと2001年にNPOを立ち上げた。当時は「子どもの参画ってどういうことなの?」「何をするの?」と問われることも多く、ならばと、子どもの参画を実践する場として古民家を借りピンポンハウスを開設した。集まった子どもたちが中心となり、この場所をどう使うか、何をやるのか、どうやって実現するか、話し合うことからスタートした。
実践する中で気づいたことは、まずは大人が子どもの権利条約にある子どもの権利をよく理解する必要があること。そしてその場が子どもの権利を保障する場になっているかを考えること。つまり、集う場所が一人ひとりの子どもにとって安心して過ごせる場であること、子どもも大人も互いを尊重しあえる関係があること。そういう場があることで、はじめて子どもは自分の思いや考えを自由に表し、その思いを実現する力を発揮していく。大人が情報を提供することで、子どもが地域や社会の問題に関心を持ち、なんらかのアクションが生まれたりもする。大人は子どもの持つ力を信じて待つこと。これは今でも子どもたちと活動する時に大事にしている。

民間での取り組みを児童館へ
ピンポンハウスの実践を民間だけのものにしておくのではなく、公共の施設である児童館でもやってみようと、名古屋市児童館の指定管理者に応募したのは2007年のことであった。運営者となってみて、実に様々な子どもたちが一日100人以上も来訪し、児童館の受容力のすごさに驚いた。同時に、子どもが使う施設なのにイベントなどもすべて職員が決め、子どもの意見がほとんど反映されていないことにも驚いた。そこで、子どもがやりたいことを提案する企画や、大人だけの運営委員会に子どもが参加する機会を増やしていった(写真1)。

写真1 ピンポンハウスで何をやりたいか話し合う様子

子どもの権利を柱に「子ども参加」で運営する「らいつ」

名古屋での実践を踏まえ、運営に「子ども参画」を実現したのが「石巻市子どもセンターらいつ」(以下、「らいつ」)である。これは東日本大震災後、復興における「子ども参加」を目指し、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンがサポートしてきた子どもまちづくりクラブが企画・デザインした児童館である。子どもの権利を柱に子ども参加で運営される(なお、「らいつ」では「子ども参画」ではなく、「子ども参加」という表現を使っている)。
「らいつ」は「子ども参加」の仕組みを3つの段階に分けている(写真2)。

1)子ども企画:一人ひとりが個人として行うもの

2)子ども会議・子どもセンター運営会議:利用者及び利用者代表として「子ども参加」するもの

3)子どもまちづくりクラブ:市民として「子ども参加」するもの

子ども会議、運営会議とも利用運営を考える重要な役割を担っており、市民としての子ども参加に「子どもまちづくりクラブ」が位置付けられている。

震災によりさびれてしまった商店街を活性化しようと子ども視点で商店街マップを作り、ハロウィン祭りを提案したのは「子どもまちづくりクラブ」であった。今では1000人近くが参加する地域の恒例行事となっている。子ども参加や子どもの主体的活動と言えば「らいつ」と、全国の児童館から注目されている。
しかし、なかなか「子ども参加・参画」は広がっていかないのが実情である。その理由に、古い子ども観に囚われる大人の存在がある。「子どもは守ってあげなければ」とか、「子どもにはわからないので大人が決めるものだ」という保護的考え方や、指導的関わり方がまだまだ多い。子どもの主体的活動と言いながら、「参加させる」「やらせる」といった、主体的とは反対の言葉がおかしいとも思われずに使われている。

写真2 子どもたちの声が実現する生態系図(「石巻市子どもセンターらいつ」より)2)

一人ひとりの子どもの声を大切に
2016年、児童福祉法に子どもの権利条約が位置付けられ、第2条には意見表明権が記載された。しかし、児童福祉施設で働いている職員でさえ、「「子どもの権利条約に基づく」とは、何をどうすればよいの?」と戸惑っている感じがする。子どもの権利に対する理解を広げ、子どもの権利に基づいた子ども観をどう伝えるのか。一部の子どもではなくすべての子どもに参加する権利を広げていくにはどうしたらよいのか。そう考えていた時に出会ったのが「子どもアドボカシー」である。
「子どもアドボカシー」とは、子どもが話したいことを自ら話せるように支援したり、必要な場合には、子どもの思いや意見を代わって表明すること。比喩的に言えば、小さな子どもの声を大きくするマイクのような役割で、子どもの権利条約第12条の意見表明権を具現化するものとも言われる。
「子どもアドボカシー」に出会って、「子ども参加」は子ども一人ひとりの声を聴くことであると改めて確認できた。子どもの声に耳を傾けると様々なことが見えてくる。学校のこと、放課後の過ごし方、子どもの遊ぶ環境、社会の問題、政治の問題などなど。子どもの声から社会システムの問題が示唆されると言われるが、まさに今、そのことを実感している。子どもの声から見えてきた社会システムの問題を「子ども参画」で変えていく、そんなことを夢見ている。ぜひ「子どもアドボカシー」に関心を持ってほしい(写真3)。

  

写真3子どもアドボカシーを学ぶ講座

 

「石巻市子どもセンターらいつ」紹介動画もご覧ください。
https://www.facebook.com/1447043615525521/videos/1970074839889060

 

参考文献・参考ホームページ
1) ロジャー・ハート[著]、木下 勇・田中 治彦・南 博文[監修]IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)日本支部[訳]、『子どもの参画』(萌文社2000)
2) 石巻市子どもセンターらいつ、「アニュアルレポート(年間活動報告書)」(2019)
https://ishinomaki-cc.jp/wp/wp-content/uploads/2020/07/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%882019.pdf
3)堀正嗣[著]、「子どもアドボケイト養成講座 子どもの声を聴き権利を守るために」(明石書店2020)

 



原京子(はらきょうこ)
元石巻市子どもセンターらいつ施設長を経て、現在は、こどもフォーラム代表に就任。一般社団法人子どもアドボカシーセンターNAGOYA理事/事務局長としても活動中。

 

コロナ禍における子どもたちの声

今、頑張っている子どもの気持ち 聴いていますか?

 |相談|電話|悩み|チャット| 

特定非営利活動法人子ども劇場千葉県センター

チャイルドライン千葉 担当理事 中村 幸恵

  

新型コロナ感染拡大の中で、2月末より春休みも含め約3か月間の休校となり、子どもたちの日常生活は一変しました。ステイホーム、ソーシャルディスタンス、テレワーク、オンライン授業等などの言葉や行動様式も生活の一部になってきた感があります。

 チャイルドラインは1 8歳までの子どもが話せる子ども専用電話です。安心して話してもらうために

①ヒミツは守るよ

②名前は言わなくていい

③どんなことも一緒に考える

④切りたいときには電話を切っていい

 という子どもとの4つの約束があります。かけてきた子どもの心に寄り添い、その気持ちを受け止めながら共感的に聴くことを大切にしています。フリーダイヤルでかけられ、2018年からはオンラインチャットも開設しました。現在、全国68団体が連携しあい、約2000名のボランティアが話を聴く活動に参加しています。子どもたちは、いじめや友人関係、部活、勉強、進路、生き方、家族との関係、恋愛、SNS上のことなど普段の生活の中で感じた寂しさ、辛さ、悲しみ、怒り、そして楽しかったことなどをチャイルドラインで話してくれます。

 

チャイルドラインではこのコロナ禍のなかで過ごした全国の子どもの状況を「「新型コロナウイルス感染症」に関連した子どもの声」(事例とデータ速報)(2020年2月28日~4月30日まで)」としてまとめました(末尾参照*1)。一部抜粋して紹介します。事例は個人が特定できないよう編集しています。

 

◎休校要請から全国緊急事態宣言までの主な傾向

Ⅰ 《休校要請 2月28日~ 》

*休みになって将来のことを考えてしまう 

*受験前に休校になって不安になる時間が増えた

*友だちと会えなくなってしまった 

*急に卒業式で実感がわかない 

*アルバイトを休むように学校から言われている

 

Ⅱ 《休校解除方針 3月20日~ 》

*時間がたくさんあるけど何をやっていいのかわからない 

*修了式で久しぶりに学校に行ったけれど、友だちとはあまり話せなかった 

*志村けんが死んでしまった。ショック

*テレビで一日中コロナのことばかりやっている 

*進学したが、うまくやっていけるか不安

 

Ⅲ 《7都道府県緊急事態宣言 4月7日~ 》

*地域に感染者が出た 

*新学期が始まったけど学校がいつ始まるかわからないし、友だちができるか不安 

*自分は休みだけど母が仕事に出かけるので感染しないか不安 

*毎日コロナで人が死んでいて、怖くて外にでられない 

*生活のリズムが崩れてきた。ゲームばっかりしちゃう

 

Ⅳ 《全国緊急事態宣言 4月16日~ 》

*部活で大会を目指して頑張ってきたのに、なくなってしまってすごく落ち込んでいる

*また学校が休みになって外に出られなくなった。友だちができない 

*早く普通の生活に戻ってほしい。いつまでつづくのか 

*友だちと遊べないし、話せない 

*外出できないから考えることが増えた。不安で色々考えてしまう

 

Ⅴ 《その他》

〔家庭が安心ではない状況〕や〔自分自身についての不安、向き合うことによる発見など〕の内容

*親もコロナのことでイライラしてうざい 

*親がコロナのせいで仕事や生活のことを愚痴る

*親が仕事が休みで収入が減ってケンカしている 

*コロナでみんな我慢しているのに自分だけ何もせず、いいのかな? 

*暇だったから今まで見えてなかったものが見えた。お母さんの家事の大変さとか 

*突然の休校で目標を失ってしまった。勉強が手につかない。将来が不安になる

*コロナのことが不安で何もできない。なんで自分は生きているのかと思う

 

 

全体的に学校や部活に関する内容が減少し、自分自身に関する内容が増加したのが特徴です。また、この速報データからは、報道等で注目されている家庭内の虐待や貧困、自殺に関する内容について、特段、大きな変化は見られませんでした。以上、4月30日までの子どもの声と傾向になります。

 

5月後半から、「学校に行きたくない」「入学式に行っただけでクラスメイトと初めて会う」「話しかけられるか心配」「クラス替えになるので友だちができるかな」「オンライン授業では録画して何度も見直せたけど授業になるとついていけるだろうか」等、学校生活への不安を話す子どもが増えました。また、「教室では机が互い違い」「先生はすぐ離れなさいと言い友だちと近づいて話せない」と戸惑いの声もありました。

学校は再開しましたが、子どもたちはまだまだコロナ禍の中にいます。引き続き、その後の子どもの声を伝えていく予定です。発表の場をいただき、ありがとうございました。

 

 

(参照*1)特定非営利活動法人チャイルドライン支援センター「新型コロナウイルス感染症」に関連した子どもの声」(事例とデータ速報)、(https://childline.or.jp/ プレスリリ―ス:2020年5月26日、一般公表:5月27日)

 

コロナ資料

 


 

中村幸恵

 

中村 幸恵(なかむら ゆきえ)

2020年2月より、チャイルドライン支援センター理事。子ども劇場千葉県センターのチャイルドライン千葉担当理事として日々の運営やボランティア育成、社会発信活動に携わっている。

 

with コロナ時代に向けたチャレンジ 世田谷区立希望丘青少年交流センター(アップス)より

  

世田谷区立希望丘青少年交流センター長 下村 一

 

今の時代に必要なユースワークのため、できることを一歩ずつ

|オンライン|つながり|ユースワーク|

 

 

家にも学校にもないものを。

 世田谷区立希望丘青少年交流センター、愛称「アップス」は、世田谷区で3館目となる青少年交流センターとして、2019年2月1日に開館しました。最大の特徴としては構想段階から若者の声を反映してきたことで、「あり方検討委員会」「運営準備委員会」などを経て、開館後も若者が「運営委員会」のメンバーとして運営に参画しています。「家にも学校にもないものを。」という施設のキャッチコピーは若者が決めたものです。

主な対象は、中高生から20代の若者ですが、生きづらさを抱えた若者の支援として、39歳までを対象とした就労支援事業なども実施しています。

コロナ禍の状況としては、若者の居場所を確保するため、感染予防対策をしながら3月末まで通常通り運営してきましたが、4月1日から6月8日まで臨時休館となりました。

 

 多目的スペース

(写真)アップスの多目的スペース。感染予防対策としてソーシャルディスタンスがとれるように机やマットを配置。

 

若者とつながりを継続させるために

 休館が決まり、最も憂いたことは、毎日のようにアップスを訪れていた若者や、家に居場所のない若者がどこで、どのように過ごすのだろうかということでした。若者とのつながりを保つために、できることから少しずつ活動をしていきました。

 最初に取り組んだのは、アップスの近隣公園の巡回です。臨時休館の翌日から1日2~3回、時間を決めて公園の見回りをスタートしました。密にならないように注意しましたが、家に居場所がない、食事の心配をしなくてはならないなど、配慮が必要な若者と出会うと、少しホッとするとともに新たな不安が生じ、無力感を覚えることもありました。

 

 アップスでは、もともと若者への情報発信としてTwitterを活用していましたが、ユースワーカーの肉声を伝えたいと動画配信をスタートしました。当初は施設を消毒している様子に併せて応援メッセージなどを配信しましたが、臨時休館が長くなるにつれ、家でもチャレンジできる遊びの紹介や、若者の気分転換になるようなオモシロ動画などに変えていきました。

 4月14日からは「ユースワーカーと電話で話そう」と題して、直接若者の声を聴くことにトライしました。若者が電話をしてくるのかと不安でしたが、実際には1日数件ですが、連日電話がありました。会話の内容はたわいもないものでしたが、何かあれば電話できるという状況をつくれたことは良かったと思っています。

 5月11日からは、Zoomを使った「アップスオンライン」をスタート。毎日18~19時に実施。1日1~6人程度でしたが、お互いに顔を見ながらワイワイとおしゃべりを楽しみました。特にテーマも設けずにおしゃべりをしたこともありましたが、オンラインで初めてつながった若者もいたため、アイスブレイクとして簡単なレクをしながら、レクとレクの合間におしゃべりをするというスタイルで行いました。

  名刺型チラシ

公園巡回や中学校に全生徒配布をお願いした名刺型チラシ

 

 

 

 

 

 

 

つながりを力に

 アップスとしては、上記のような取り組みをしてきましたが、自分たちだけの力では、支援が必要な若者に支援を届けることができないのではないかと考え、さまざまな社会資源とつながることに活路を見出しました。

 4月18日からは「世田谷NPO地域連携会議〜コロナウィルス緊急対策会議〜」に参加。「区民版子ども・子育て会議」などでつながっていた子育て支援、貧困対策、障がい児、老人福祉、ボランティア関連などの団体メンバーと週2回、オンラインで情報共有を行いました。それぞれの分野特有の情報を得ることができ、ここから新たな取り組みも生まれました。アップスとしては、生活困窮の若者をフードパントリーにつなぐことができたり、またフードパントリーを通じて若者への情報発信ができたりと実質的な支援にもつながりました。

 また、子どもや若者に特化した情報共有の必要性を感じ、コロナ以前から実施していた児童館有志による学習会、児童館+(プラス)のプログラムの一つとしてオンライン・ミーティングを実施しました。児童館、プレーパーク、BOP、学校などの関係者などが参加し、情報共有するとともに、現在のような危機的な状況下での子どもたちの遊びや行動などについて学びの機会を設けました。

 

児童館+

Zoomで実施した子ども関連の情報交換「児童館+」

 

 区外の様子をしっかりと把握することも必要と考え、児童館のネットワークを通じて文京区青少年プラザb-lab、石巻市子どもセンターらいつ、野毛青少年交流センターとともに、「オンライン他施設合同研修」を実施。職員研修の形をとって、コロナ禍での各施設が若者とのつながりを保つためにどのような取り組みをしてきたか情報共有しました。また、調布市青少年ステーションCAPS、尼崎市立ユース交流センターを仲間に加え、オンラインプログラムの情報交換、再開するにあたっての準備などについて検討しました。

 これらのネットワークを通じた取り組みは、アップスにとっても、1人1人のスタッフにとっても貴重な情報資源となり、何か不安な気持ちを和らげ、物事をポジティブに考える活力源にもなりました。

 

施設再開後の新たなチャレンジ

 6月9日から感染予防対策をしっかりととった上で施設を再開させ、少しずつではありますが日常が戻りつつあります。利用ルールも少しずつ緩和し、現在では制限はありますが地域体育館でのスポーツプログラム、音楽スタジオの利用などもできるようになってきました。ただし、コロナ以前の日常に戻すことは困難であり、この臨時休館の間に培ったオンラインのノウハウなども生かして、今後のユースワークをしていきたいと考えています。

 6月21日にはネットワークとオンラインのノウハウを生かして、文京区と石巻市と距離を超えて若者同士の交流も始まりました。また、フランスの中高生との交流もスタートさせる予定です。若者がつながりを生かしてどんな活動を生み出していくのか、見守っていきたいと考えています。

 

作戦カイギ

若者同士の交流を図った「作戦カイギ」

 

 

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下村 一下村 一(しもむら はじめ)

世田谷区立希望丘青少年交流センターのセンター長。大学卒業後、公益財団法人児童育成協会に入職。国立総合児童センター[こどもの城]、草加市立氷川児童センターを経て現職。NPO法人プレーパークむさしの、NPO法人たねの会の理事。

《特別寄稿》新しい生活様式を画一的でなく、年齢層毎の行動指針を

― 休園、休校を早急に解除すべき ―

こども環境学会代表理事
東京工業大学名誉教授
仙田 満

※賛同署名実施中

 

年齢層ごとの行動ガイドラインを作ろう
|こどもの安心|アタッチメント|新しい生活様式|

 

 コロナウィルスの問題は命か経済かという二者選択の議論が多くなされているが、こどもという重要な視点を忘れてはならない。教育や成育が脅かされている休校、休園を早急に解除すべきである。こどもの1日、1週間、1ヶ月、1年は大人のそれとは重さが異なる。福島原発事故の影響を見れば理解できるだろう。

 こどもの成長において密接は重要である。こどもは触れ合うことによって成長していく。体を接触させることによりさまざまな感覚を発達させていく。多くのスポーツも体を触れ、ぶつけ合う。こどもにとってあそびは「まなび」なのだ。人間のさまざまな力はこども時代に育まれる。その機会を奪わないで欲しい。

 コロナウィルス感染症は高齢者が重症化しやすいと言われている。従って高齢者が感染のリスクを避けるために、隔離され、非接触型の生活を余儀なくされてもやむを得ない。大人が非接触型の生活をするのも致し方ない。

 しかし、こどもの重症化率は低いと言われている。確かにこどもが亡くなった例もテレビで紹介された。しかし、こどもの感染率も死亡率も圧倒的に低い。こどもは保育園、幼稚園、学校で一緒にあそび、まなび、接触を通して成育して行く必要がある。

 そのため、新たな生活様式という画一的なものではなく、小さなこども、学童、青年というようにそれぞれの年齢層に合わせた生活様式のガイドラインを示すべきと思われる。

 マスクをする、手を洗うことはやらなければならないが、社会的距離の確保は小さなこどもに関しては再考すべきだ。保育園でこどもが2mの間隔をあけて行動している映像が報道されているが、とても違和感を覚える。人間は動物である。かつて動物学者H・ヘディガーによって人間と距離について、個体距離と社会距離という2つの概念が示された。個体距離とは個体としての生物が自己と他者を分けるバランスの良い距離である。社会距離とは群として動物が社会を形成する距離をいう。それをエドワード・ホールが「かくれた次元」という本の中で人間に応用した。人と人との適切な距離は男と女、また人種や文化によっても異なると言われている。「社会的距離(ソーシャルディスタンス)」が今回重要だと指摘されている。これは患者の飛沫に影響を受けない距離という意味で使われているので、社会的距離と名付けられているが、これはH・ヘディガーやその距離を人間に応用したエドワード・ホールの個体距離の概念に近いと思われる。

 問題はこどもにとって個体距離ゼロ(密接距離)の中でこそ安心・安全を感じることができるということである。ジョン・ボウルビーのアタッチメント(愛着)理論に示されるように、こども達は触れる、触れられる、いだかれる事によって安心を得て、外界へ挑戦できる。そして成長して行く。

 そのような親密な関係をコロナウィルスの影響で悪いものだという意識を植え付けられてしまうことがとても心配だ。もともと距離とは人間関係と密接に結びつけられる。親しい関係は近しい関係といい、疎な関係は遠い関係という。今回の問題はコロナ対策のための一時的なライフスタイルといえるかもしれない。しかし2年も3年も続くとも言われており、それがこども達にとって習慣化してしまう事が心配だ。こどもたちにそれが刷り込まれないようにすることはとても重要である。

 小さなこどもほど密接、親密が必要なのだ。こどもの成長のためにも、コロナウィルス対策が長期化すればするほど、年齢層別の行動ガイドラインをつくり、こども達が群れて、体をぶつけあってあそべるように、休園・休校はすみやかに全て解除すべきと思われる。

 

「小児COVID-19症例は無症状〜軽症が多く、死亡例は少ない」

日本医師会COVID-19有識者会議「小児の新型コロナウイルス感染症に関する医学的知見の現状」より

https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/1235?fbclid=IwAR2xm4i-OUIcZ-8DpoW_Csm5ehMGJ4OhaNP_3nJg42DqZsyyLeWHUXZTB0Q  2020/5/25閲覧

 


 

 

仙田満(せんだみつる)

環境建築家。東京工業大学名誉教授、こども環境学会代表理事。日本建築学会会長、日本建築家協会会長、こども環境学会会長、日本学術会議会員などを歴任。長年、こどもの成育環境のデザインを中心とした研究、設計に携わり、愛知県児童総合センター、富山県こどもみらい館、広島市民球場、国際教養大学中島記念図書館などを設計。著書に『こどもとあそび』(岩波書店)、『こどものあそび環境』(筑摩書房・鹿島出版会)、『こどもの庭』(世界文化社)、『人が集まる建築』(講談社現代新書)、『子どもを育む環境 蝕む環境』(朝日新聞出版) 等。

 

 

 

《特集》新しい感染症(新興感染症)がこどもに与える影響について

いつの時代もこどもにとって感染症は怖いものだった
|感染症|ワクチン|休校措置|

国立成育医療研究センター理事長 五十嵐 隆

 

 

 新興感染症とは?

 新興感染症(表1参照)とは最近になって新しく認知され、局地的あるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症を言います註1)。人の行動範囲が広まることで野生動物と人との接触が増えたため、それまで野生動物間でのみ感染していた病原体が人にも感染するようになったこと(動物由来感染症)、交通機関の発達で人の移動が以前よりも簡単かつ広範囲になったことなどが流行の原因と考えられています。

 

こどもは感染症にかかりやすい

 こどもは、様々な病原体(細菌、ウイルスなど)に対する免疫・抵抗力が健康な成人と違って未熟なため、病原体に接触すると成人よりも感染しやすいです。そこで、予防可能な感染症は予防接種(ワクチン)をこどもの成長過程に合わせて積極的に実施することが国際的な基本になっています。しかしながら、地球上に存在するすべての病原体に対するワクチンを準備することは不可能です。麻疹(はしか)、水痘(水疱瘡)、破傷風などの、一定以上の数の患者がいて、罹患すると死亡したり、重篤な後遺症を呈したりする(さらに費用対効果もある)病原体にのみワクチンが作られています。 

 ワクチンにもいろいろな種類があります。ただし、麻疹やムンプス(おたふく風邪)など、ほぼ1回のワクチン接種で病原体あるいはその一部に対する抗体ができ、感染を予防できるものと、ジフテリア、百日咳、破傷風、B型肝炎ウイルスなど複数回のワクチン接種を行うことで抗体がようやくできるものがあります。前者は生ワクチン、後者は不活化ワクチンと呼ばれます。ただし、生ワクチンであってもその効果が数年しか持続しないものもあり、その場合にはある程度の期間が経過したらワクチン接種を再度受けることが必要です。さらに、インフルエンザウイルスなどのようにウイルス自身の遺伝子が変化し新しいタイプが流行する場合は、ワクチンも作り変えて毎年接種しないといけないものもあります。

 

こどもの感染症の感染経路

 こどもも成人も病原体が同じなら感染経路も基本的には同じです。ただし、乳幼児は保護者や保育者との接触が非常に近いことが特徴です。また、学童や中高生も学校などで集団生活をする事が多く、さらに、遊びなどを通してこども同士の接触が成人よりも濃厚です。そのため、人から人への感染がこどもでは成人よりも多いことが特徴です。また、こどもの流涙、鼻汁、排泄物などを介して、こども同士あるいはこどもから保護者や保育者に病原体が移される(感染させる)リスクも高くなります。

 

こどもにとっての新型コロナ感染症

 新型コロナウイルスは季節性インフルエンザウイルスよりも感染力が強いと言われています。これまでこどもは感染しないとする報告もありましたが、こどもも成人と同様に感染を受ける事が明らかになっています。しかしながら、成人に比較して肺炎などの重篤な呼吸器障害を呈することが少ない事は現時点でも事実のようです。有効な治療薬や予防可能なワクチンがない現在、こどもも手洗いとうがいの励行、「三つの密」を避ける行動を取る事が必要です。マスクの使用については、科学的エビデンスは余り多くはありませんが、使用することが勧められています。

 現時点(2020年7月)で本症が収束する時期は予測できません。生活制限が長期化することで、こどもの心身に大きな影響が出ることが危惧されています。

 

表1 新興感染症一覧

―――――――――――――――――――――――――――

·         重症急性呼吸器症候群 (SARS)

·         新型インフルエンザ (2009年パンデミック:現在は除外)

·         鳥インフルエンザ

·         ウエストナイル熱

·         エボラ出血熱

·         クリプトスポリジウム症

·         クリミア・コンゴ出血熱

·         後天性免疫不全症候群(HIV)

·         重症熱性血小板減少症候群(SFTS)註2)

·         腸管出血性大腸菌感染症

·         ニパウイルス感染症

·         日本紅斑熱

·         バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)感染症

·         マールブルグ病

·         ラッサ熱

·         新型コロナウイルス感染症註3)

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

五十嵐隆(いがらしたかし)

1978年東京大学医学部医学科卒業。同小児科、遠州総合病院小児科、清瀬小児病院腎内科、Harvard大学Boston小児病院を経て、1992年東京大学医学部附属病院分院小児科講師、2000年より東京大学大学院医学系研究科小児科教授。2003年から2006年、2007年から2011年まで副院長。2011年より2012年まで東京大学教育研究評議員。2012年より国立成育医療研究センター理事長。現在、日本こども環境学会会長、日本保育協会理事、東京大学医師会監事、日本学術会議連携会員、ベネッセこども基金理事長、ドナルド・マクドナルド・ハウス理事長、ベネッセこども基金理事長を兼務。

 

 

 

 

(さらに詳しい情報)

註1)新型インフルエンザ(2009年パンデミック)

 2009年4月にメキシコ、米国を発端にブタ由来のH1N1型インフルエンザA (H1N1pdm09)が発生し、世界保健機構WHOによって同年6月に新型インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)が宣言されました。わが国では同年5月に第一例目が発生し、2009-2010年にかけてわが国では約2,000万人を超える患者が発生しました。その後、このタイプのインフルエンザは季節性インフルエンザの原因ウイルスの一つとなって、現在に至っています(五類感染症)。

 このH1N1pdm09インフルエンザウイルスは遺伝子構造上の変化が毎年生じる従来の季節性インフルエンザウイルスの遺伝子構造上の変化よりも大きかったために、それまでの季節性インフルエンザウイルスとは全く別腫のウイルスの様な強い感染力と広がりを人に示すことになりました。

 第一次世界大戦中の1918-1920年に世界で大流行し約5億人が感染したとされるスペイン風邪(1918年パンデミック、当時のわが国では「流行性感冒」と呼ばれた)の原因ウイルスはH1N1インフルエンザAでした。当時のわが国の人口約5,500万人のうち約2,380万人が感染したと言われています。スペイン風邪は記録にある限り人類が遭遇した最初のインフルエンザの大流行とされます。2009年パンデミックはH1N1インフルエンザウイルスAによる2度目の世界的大流行を起こしたインフルエンザ感染症です。本ウイルスはこどもにも大人にも同じように感染します。当時のわが国ではスペイン風邪に罹患したこどもの死亡は多く、1918年のわが国の乳児死亡率が前後の年に比べて高くなっている理由がスペイン風邪のためと言われています。

 幸いなことに、現在季節性インフルエンザウイルスには抗インフルエンザ薬(オセルタミビル、ザタミビル、ラニナミビル、ベラミビルなど)があり、一定の発症予防効果と治療効果があります。また、毎年インフルエンザワクチンも作成され、広く接種されています。

 

註2)重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome; SFTS)

 本症は2011年に中国湖北省と江南省の山岳地帯で初めて報告されたブニヤウイルス科フレボウイルス属に分類される新しいRNAウイルス(SFTSウイス)によるダニが媒介する感染症です。2012年にはわが国でも第一例が発症し、西日本を中心に85人が発症しました。そのうち、26人が死亡しています。本症は発熱,白血球減少,血小板減少症,胃腸症状を呈し、急激に重症化し、死亡率の高い疾患です。治療法は確立していませんが、ファビビラビルの効果が期待されています。このウイルスは日本全国のマダニが保有しています。本症の発症のきっかけはマダニに刺咬されることです。こどもが野山で活動することはマダニによる刺咬のリスクです。こどもの肌が露出しない服装にし、マダニ用の防虫スプレーを用いることもある程度有用です。また、血液や体液を介した人から人への感染も報告されています。本症は四類感染症に指定されています。

 

註3)新型コロナウイルス感染症

 新型コロナウイルス感染症は2019年12月に中国湖北省武漢市で初めて確認された感染症です。WHOは2020年3月に本感染症をパンデミックと表明しました。わが国では本感染症を二類感染症としています。ちなみにコロナウイルスは通常の風邪の原因となるウイルスの一つです。

 患者の年齢の中央値は50歳、男女比は1.4:1で男性に多い傾向がみられます。主な症状は、発熱(70%)、咳(44%)、咳以外の急性呼吸器症(7%)、重篤な肺炎(7%)です。わが国では、2020年3月上旬から患者が増加しています。感染源が不明な例も散発的に発生し、3月中旬からは増加しています。3月下旬には、都市部を中心にクラスター(患者間の関連が認められた集団)感染が報告され、感染者数が急増中です。

  感染を予防するために「三つの密」(密閉空間・密集場所・密接場面)を避けることと、積極的な疫学調査等によるクラスター発生の封じ込め策が取られています。さらに、日本全体に緊急事態宣言が発出され、できるだけ自宅で過ごすことが推奨されています。

 本症の感染経路は飛沫感染と接触感染で、一部の感染者(感染患者の約2割程度)は強い感染力を示します。潜伏期間は平均5日(1〜14日)で、発熱、呼吸器症状、全身倦怠感等が約1週間続きます。一部の患者は呼吸困難等を呈し、胸部X線写真、胸部CT検査で肺炎像を示します。患者の多くは軽症で済みますが、高齢者や基礎疾患等を持つ方は重篤になる可能性があります。その他、ウイルス感染が全身に及び、急性腎障害などをきたすことも知られています。新型コロナウイルスに感染すると、発熱などの症状が出る2,3日前からウイルスを近くに人に感染させうることが明らかになってきました。つまり、一見健康な無症状の感染者がいて、その方から他の人に感染させる可能性がある点が本感染症の流行を防止する上でまことに難題です。

 重篤な呼吸器障害に対しては、対症療法として酸素吸入、人工呼吸器や体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation; ECMO)を装着します。確立した根本的な治療薬はありませんが、抗ウイルス薬のレムデシビルとファビビラビルが、気管支喘息の治療薬で肺の炎症を抑えるステロイド吸入薬であるシクレソニドが有効とする報告も見られています。新型コロナウイルスワクチンの開発も現在行進行中です。

 患者の数%が死亡するとされますが、爆発的な患者数の増加に対応できない場合は死亡率が上昇します。

 

文献

1. 賀来満夫:わが国における感染症の動向、日本医師会雑誌143:2014;s31-34.

2. 鷹野八百子:所為に感染症対策の特殊性、小児感染症対策マニュアル、五十嵐 隆監修、日本小児総合医療施設協議会症に感染管理ネットワーク編集、じほう、p2-4、 東京、2015年

3. 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料(発生状況、国内の患者発生、海外の状況、その他)(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00086.html)