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不登校問題についての一考察
自分を発見できる豊かな時期として過ごせる環境・仕組みづくりを
|不登校|発達障害|多様性|親の会|
つくば子どもと教育相談センター 代表 穂積妙子
はじめに
不登校問題を考える上で、我が国での不登校問題の歴史を知ることは大切です。1950年代から医学界では不登校(当時は学校恐怖症と呼ばれた)に関する論文があります。ここでは不登校の歴史と不登校への行政や学校の対応を述べ、また現在不登校児を持つ家庭の保護者が抱えている困難や悩みなどに言及したいと考えます。
写真1 靴下人形(小学校高学年女児が作成)
1. 不登校の歴史と、行政・学校の対応
はじめに、でも述べましたが不登校に関する論文は1950年代に精神分析理論を採用していた医師たちによって書かれています。ここでは不登校という言葉ではなく「学校恐怖症」と呼ばれ、精神疾患という扱いです。原因は家庭環境―母子密着や過保護と父親の無関心、とされていました。治療は母子分離をするための子どもの入院治療が推奨され千葉県の国府台病院が拠点病院でした。院内学級が設置され、子ども達の教育環境は保証されていました。1980年代になると学校に校内暴力や非行の嵐が吹き荒れ、そのため学校の管理体制が強固になり、恐怖や不安あるいは学校に対する反発で登校できない(しない)児童生徒が増加しました。この時期は不登校学校原因説が主流になり「登校拒否」と称された時代です。
1992年文部省(当時)は「特別な子どもが不登校になるわけではなく、どの子でも不登校になりうる」という内容の通達を発表、不登校理解へのコペルニクス的転換と言われました。文部省は不登校生徒が多い中学校にスクールカウンセラー派遣を始め、その後小学校、高等学校にも派遣を広げました。しかし学校ではスクールカウンセラーとの連携の方法が確立しておらず、カウンセラー任せの状態を生みました。
2000年前後からは発達障害を持つ児童生徒の不登校事例が増えてきました。教育現場では発達障害の理解が進んでおらず混乱がありました。2005年発達障害者支援法が制定され発達障害の認知が進むようになりました。教育現場では2007年に特別支援教育が始まりましたが個々に多様性を持つ子ども達に十分対応できず、また支援内容の地域格差もあります。現在不登校児童生徒に占める発達障害圏の児童生徒の割合は30パーセントから60パーセント以上と研究者により大きく数値が異なる状況です。2016年に教育機会確保法が制定され、不登校の児童生徒に学校以外での教育の機会を保障する制度ができましたが、財政的な支援が不十分で学校外のフリースクールなどの整備は進んでいません。
2. 不登校になる要因
児童生徒が不登校になる原因は、1つのものではなく複合的なものと思われます。
原因を調べるため、文科省の調査(※1)や民間(NHKなど)の調査(※2)がされていますが、結果には相当な違いがあります。教員が回答した2018年度の文科省の調査では、小学生では家庭に関わる状況が1位、不安が2位、無気力が3位、友人関係(いじめを除く)が4位、学業不振が5位です。中学生では不安が1位、家庭に関わる状況が2位、友人関係(いじめを除く)が3位、無気力が4位、学業不振が5位で、小・中学校共、いじめは下位(1%未満)でしかありません(※1)。
一方、子どもが回答したNHKの調査では学校の先生との関係やいじめが上位(共に20%以上)に挙がってきています。学校の決まりや校則に馴染めない、という理由も中学生では上位です(※2)。これらの結果から考察すると、学校(教員)は不登校の要因を個人と家庭環境に求めがちという1950年当時の見方から脱していないのではないか、と思われます。「親の育て方の問題です」と学校やカウンセラーから指摘され、「不登校親の会」に泣きながら駆け込む母親は現在でもまれではありません。しかしながら、2020年度の文科省調査(2021年発表)では、初めて子ども対象の質問を行い、不登校の背景への考察が以前より多様化し、深まっている様子です。この動きには注目したいです(※3)。
この項の最初にも書きましたが不登校になる要因は1つではなく幾つかの理由が重なっています。不安や無気力もそうなってしまう背景があるはずです。子どもによっては個人的特性の影響が大きい場合もありますが、特性に応じた教育や対応がされていれば不登校にはならないはずです。不登校になってしまった子どもたちに理由を聞いても明確に答えられないことが多いのは、その渦中では子ども自身にも分からないことが多いからです。一定の時間(時期)が過ぎて自分の不登校を客観的に振り返ることができた時に「それらしい理由のいくつか」を語ってくれる子どもや青年に私たちはたくさん出会っています。
実例を一つ上げます。私が中学3年から高校3年まで約4年間支援を続けた男子生徒の例です。中学3年の連休明けくらいから不登校になりました。中3の時点では自分の思いや考えを言語化するのが不得意な生徒で、私の専門を生かした造形制作を伴う作業療法的なかかわりをしていました。その彼が大学1年になった時当時の話をしてくれました。原因の一つは学業不振で、特に英語が不得意であったこと。そのためしばしば放課後の補習に呼び出され、好きだった部活に参加できなくなったそうです。部活欠席を挽回するため無理をして出た試合では練習不足のためケガをして顧問に迷惑をかけた、と悔やんでいました。家庭では父親にできのいい兄と比べて批判され、体調が悪いので学校を休ませて、と頼むと父親に「仮病だろう」と言われ車で無理やり学校まで連れて行かれたとのことです。母親は父親の言うなりで味方にはなってくれなかったと。父親が熱心さのあまり、家庭での生徒の様子を逐一担任に報告していたのも辛かったそうです。
(事例は個人情報の観点から内容に支障のない範囲で改変しています)
写真2(左)木の枝人形(中学生男子数名が作成)
写真3(右)木製パズル(中学生男子と「子どもの家」スタッフの共同制作)
3. 家庭や保護者の悩みとは
20年以上、不登校に関する相談を受けている立場ですが、保護者の悩みは基本的には変わっていません。いくつか例を挙げると
・不登校になってしまうとまともな未来がない。
・上級学校に行けない、就職もできないかもしれない。
・学業が遅れ学力が低下する。
・社会性が育たない。
・不登校に対して夫婦の認識、対応が一致せず家庭不和になる。
・子どもに対する声掛け、対応に苦慮する。
・昼夜逆転でゲームばかりしている。注意するとキレる。
など未来に対する不安と現在の状況への対応の困難さです。個人相談や親の会で伝えていることは、不登校の解決には一定の時間がかかること、原因探しをするよりも現状を受け止め、子どもの不安や緊張に寄り添う関わりをすること、家庭の中で無理なくできる役割を考え家庭での居場所を作ること、家庭内外で体験の幅を広げることなど、それぞれの子どもの特徴や状況を見ながら助言しています。将来への不安については進路ガイダンスを開き、具体的な対応方法があることを伝えています。
不登校を体験した保護者からは「不登校は親にとっても子どもにとっても得難い経験だった」「子どもや教育に対する見方が変わった」などの声を聴きます。不登校の子ども達が、不登校の時期を苦痛な時期としてではなく、新たな自分を発見できる豊かな時期として過ごしてくれることを願ってやみません。
※写真は全て、不登校の子どもの居場所「子どもの家」での創作物です
参考文献
(※1)児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査. 文部科学省. 2011-2020. https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm(2021.11.1参考)
(※2)不登校新聞. 2019. https://futoko.publishers.fm/article/20440/(2021.11.1参考)
(※3)その他、不登校実態調査 参考文献
・文部科学省. 2021. 不登校に関する調査研究協力者会議(第1回)配付資料 資料2(概要)不登校児童生徒の実態調査結果
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/168/siryo/1422639_00004.htm(2021.11.1参考)
・未来地図. 2021. 不登校を考えるアンケート(保護者向け)結果報告
https://miraitizu.com/18369(2021.11.1参考)
・成重竜一郎. 2021. 不登校に陥る子どもたち. 合同出版
・小野村哲. 2020. つくば市における不登校~急増の実態と推測される原因~. つくば市民白書2020
・穂積妙子. 2020. 不登校相談から見るつくば市(周辺含む)の不登校像と課題. つくば市民白書2020
・日本財団. 2018. 不登校傾向にある子どもの実態調査
https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/01/new_inf_201811212_01.pdf(2021.11.1参考)
穂積 妙子(ほづみ たえこ)
1948年 三重県生まれ。お茶の水女子大学人間文化研究科 発達社会科学専攻前期博士課程修了。社会科学修士。臨床発達心理士・つくば子どもと教育相談センター代表。つくば市公設民営フリースクール「むすびつくば」運営協議会委員・相談員、つくば市社会福祉協議会子育て相談員としても子どもに関わっている。